発展するリゾートウエディングへの期待
手軽な医療ガイド本が書店にぱ数多く並び、それを手に取る患者心理もよくわかる気がする。
だが、はっきり言って、そういうやり方からは学べるものと学べないものがある。
たとえば、治りにくいがんとのつき合い方とは、これからの人生を病気とともにどう生きるか、その人の人生観や価値観が正直に反映される部分だ。
その意味で、病院情報とか名医情報などはほんの入り口に過ぎず、患者家族が抱える心の問題はその先にある。
この章は、がん再発という現実に直面した患者を登場人物にして、その前向きな心のおり方を追ってみたい。
章の後半では代替療法について考えてみる。
がんに強い性格と弱い性格
前に、神奈川県立がんセンター臨床研究所の岡本直幸主任研究員らのグループが発表した研究報告(一九九七年)によると、がんの進行した段階になると、その人の性格によって寿命が左右されるという。
この報告は、九一年から九六年末までに、舌や咽頭、喉頭がんなどで同センターに入院していた患者九十一人を対象にしたものだが、特にステージW(末期)の患者五十七人の場合には、各人の性格によって寿命の差がはっきりと現れた。
まず、性格別で寿命が特に短かったのは、第一に、〈きちょうめんで冷静な判断が下せるが、命令的で自己中心的な「コンピューター・プログラマー」タイプ〉。
第二には、〈親切で面倒見がよいが、自己主張ができず、冗談が苦手で妥協できない「企業戦士」タイプ〉である。
これら二つのタイプの共通点ぱ、論理的で責任感が強い反面、子供っぽさや遊び心の欠けているところだ。
逆に、甘えん坊で他人に従いやすい「子供タイプ」、機転は利くが利己主義的な「いまどきの若者タイプ」は、同じ末期がんでも平均生存率より長生きする人が多かった(『週刊朝日』九七年四月十一日号より)。
そこで後者のタイプの患者像をここで紹介してみよう。
まずは、「いまどきの若者タイプ」を地でゆく二十代のがん患者から。
Mさん、二十三歳。
病名は、若年性大腸がん。
九〇年代半ばの十二月下旬、入院先の病棟ではじめて出会った日、彼女は小さな声で囁いた。
「(同室の人とは)年齢も違うので話が全然合わなくて……」
それはそうだろう。
真向かいのベッドには白髪の八十代女性、すぐ隣の人は胃がん手術で胃を全部取った五十代女性、斜め向かいの人は大腸がんで腸を切った六十代女性だ。
二十三歳のMさんは可愛いテディベアの絵柄入りパジャマ姿。
どう見ても場違いな感じだ。
見ると、点滴台から伸びた細い管が彼女の右袖の奥に隠れている。
透明な点滴の中身は「アイソボリン」と「51FU」。
大腸がんが再発した彼女は二種類の抗がん剤を、連続百二十時間途切れることなく体内に注入する治療を受けていた。
治療開始から五日目の朝。
点滴針を差し込まれたまま四夜、もう百時間あまりを過ごしたせいだろう、若い彼女の表情には疲れの色が濃かった。
体はだるくない?
「いえ、大丈夫です」
―抗がん剤の副作用は何もないの?
「はい。
髪の毛が抜けることがすごく心配でしたが、いまのところ大丈夫みたい。
でも、若シラガが少し増えちゃった(笑)」
じゃ、食欲だって十分ある?
「うん。
ニンジン以外なら何でも好き。
病院食っておいしくないんですよねえ」
Mさんは、名古屋の高校から東京の服飾デザイン専門学校を出て、原宿のアパレルメーカーに就職。
一年後、腸がつまる腸閉塞の症状で手術を受けたところ、若年性の大腸がんとわかった。
その時点で、おなかのなかにがんが散らばる腹膜播種という症状が見られた。
青春まっただなかの遊びざかりで、仕事にも燃えていた当時二十一歳の本人にはアンラッキーの二言だ。
「私は、この病気に対してそう悪い印象はなかったんです。
『早め早めに処置をしていけば大丈夫だ』と言われたし、自分でも全然大丈夫だと信じていたから」
Mさんは、手術から1ヵ月後、医師からがんを教えられた。
「じつは、きみの病気は、がんなんだ」
「ああ、そうなんですか」
あまりショックぱなかった、と彼女は今も思っている。
ただ、医師から「結婚は五年間見合わせるように」と言い渡されたのには、あまり素直にうなずけなかった。
「いったい、どうしてですか?」
そう聞き返すと、医師がつづけた。
「もし(がんが再発して)再入院したら、相手の男性にはいろいろ迷惑をかけることになるんだよ。
きみはまだ二十一歳だし、五年経ってから結婚を考えても遅くないでしょう」 がんは、手術後五年間再発しなければ治癒したとみなされる。
これが「五年生存率」という数字で示されるが、発生した部位や進行度によって、この数字は大きく異なる。
早期の胃がんや乳がんなら治癒率九〇八‐‐セントを超えるが、第二期の大腸がんで八〇パーセント、肺がんや肝臓がんはせいぜい三〇パーセント、早期発見の困難なスキルス胃がんではニパーセント以下である。
この治癒率で言えば、第四期の進行がんのMさんの予後はそう楽観できなかった。
そのことを患者本人に理解させるためだろう、先の医師は「いろいろ本を読んで病気のことを勉強しなさい」と遠回しな言い方をした。
だが、活動的な性格の本人は読書が大の苦手だ。
病気の本を読む代わりに、もっと自分の心が元気になれそうな道を選んだ。
心配する両親を説得し、発病前と同じようにアパレル会社で働き始めたのだ。
年が明けて二月初め、ボーイフレンドとサイパンまで遊びに行った。
南国の熱い日差しを浴びて真っ黒に日焼けし、帰国した。
同月末、がんの定期検診に出かけると、外来診察室の看護婦はみんな目を丸くした。
それから半年後、がんは卵巣に転移した。
ああ、やっぱり進んでいるんだと思い、ちょっとショックだった。
ほぼ同じ時期、勤め先の人の紹介で都内のクリュックで診てもらうと、ひどいことを言われた。
「その先生、すごくはっきり言う人で『あなたは、あと五年しか生きられないでしょう』。
ガアーンつて感じで落ちこんじやった。
でも、友達を誘ってディズユーフンドに行ったりして遊んでたら、一週間ぐらいでいつものハイな調子に戻りました(笑)」
八月なかば、東京のN医大病院で卵巣全摘手術を受けた。
しかし、おなかに散らばる小さながん病巣を手術で取るのは無理だったようだ。
残る方法は抗がん剤でがんを小さくする治療以外にない。
だが、有名大学病院として知られるN医大第一外科の主治医はそれを断念した。
進行性の大腸がんに効く抗がん剤はありません、というのが、大学病院による「治療拒否」の理由である。
だが、この医師の言葉は正しくなかった。
前に書いたが、大腸がんの治療薬として「アイソボリン」と「5jFU」の二種類があり、欧米では「大腸がんに最も効く」と評価されていたからだ。
ところが、旧厚生省が認可に消極的であったため、大学病院をはじめ大部分のがん専門病院はその使用を見送っていたデイソボリンは一九九九年正式認可された)。
仮に良心的な病院が現行の医療保険制度下でそれを使うと、保険適用外となって薬剤費全額は病院側の負担だ。
厚生労働省の役人が「使うな」と強権的な行政指導の動きに出る場合もある。
それをおそれて病院側は結果として患者を見殺しにせざるを得ない。
患者不在の、この国の薬事行政の背景には、天下り先を確保したい厚生官僚による国内製薬メーカー保護というよ目業癒着の構造”があるとも陰で囁かれる。
そんななか、二十三歳のがん患者、Mさんも危うく見殺しにされかねないところだったが、それを救ったのは、娘を想う両親の熱意だ。
特に母親は病院を何軒も訪ね歩き、ついに娘の命を救ってくれそうな医師を自分で見つけ出した。
近未来的なリゾートウエディングの登場です。 リゾートウエディングジェネレーションの到来です。
リゾートウエディングの実力を測定してみましょう。リゾートウエディングにチャレンジしてみましょう。
リゾートウエディングがどんなものかご存知ですか?基本機能も充実したリゾートウエディングです。
